本研究では、19世紀から20世紀にかけて非西欧社会で起きた植民地化の結果としてポメトコロニアルな状況にあるアボリジニとイヌイットの社会に注目した。この二つはいずれも入植側が国民国家を形成し、先住民である彼らは、その枠組みに内包されることになった社会である。いずれの社会でもみられる現在の先住民の権利主張の動きの背景には彼等の歴史的経験があるだろう。このような現在の具体的諸相を明確に把握する目的で、ポストコロニアルの視点から両社会を検討してきた。一方でカナダの植民地時代の資料を検討整理し、現地調査によるイヌイット社会の生業変化、価値観の変化、権利主張の動きについての資料を歴史的背景のなかで検討した。また、オーストラリアについても近年の生業と社会変化、価値観の変化、権利主張の伸張の動きについて現地調査をおこなうとともにその歴史的情報と重ねて検討した。その結果、いずれの社会においても植民地時代の入植者との関係のありようが、現在の彼らの生活に大きな影響を与えていることが明確になった。とくにジェンダーの視点からの検討からは、それぞれの先住民社会におけるジェンダー概念と入植者の社会におけるジェンダー概念との間には動態的な相補性があることが指摘できた。そしてさらに、この両者の歴史的経験を細かく比較してみると、入植の時期、入植者側がいずれの英国系を主としていたこと、先住民社会との関係のとり方などに類似した点が見られるものの、同時に、その入植の実像と彼等の経験には、多様な差があることが明らかになった。そしてそのような経験の差が、現在の先住民の権利伸張運動や、主流社会との対応や交渉といった日常的な場での独自な実践につながっていた。ポストコロニアルの視点からの本研究によってそれぞれの国民国家で、その中に内包された先住民が経験した植民地体験の具体的諸相を明らかにすることができた。
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