今年度は、滋賀県蒲生郡竜王町綾戸に位置する苗村神社の広範囲に及ぶ氏子地域(33カ村)における神社祭祀と墓制に関する民俗調査を通して、村落社会における高齢者の役割についての情報・資料収集を行った。この地域では伝統的な神社祭祀を担っている老人自らが村の歴史や民俗を記録に残そうとしている点も注目された。 民俗調査の結果、この地域の神社祭祀について次の3点が注目された。第一に、苗村神社の祭神との関係を伝える鵜川家という旧家の存在である。この鵜川家所蔵文書の写真撮影および翻刻を行うとともに、現当主(大正8年生まれ)より祭礼における鵜川家の役割などについて聞き取り調査を行った。第二に、苗村神社とは別に各村落には氏神の神社が存在し、多くの場合オトナなどと呼ばれる長老衆を中心にその運営がなされている点である。第三に、苗村神社を中心とする結合は毎年2月、4月、5月、11月の祭礼と8月の不動尊の護摩焚きなどを通してみられるが、集落ごとの墓地の共有関係とは別のレヴェルのものとなっている点である。 なお、高齢者が村の歴史や民俗についての記録を伝えようとしている例は、氏子地域の綾戸、須恵、島ほか近隣の多くの村落においてもみられた。氏神の神社の祭祀組織として必ずしも長老組織の存在が顕著でない場合にも寺院の念仏講の活動などを通して村落社会における高齢者の権限は多様な表れ方をしていることがわかった。 昨年度集中的に調査を行った岩手県北上市と京都市における戦争体験者(70歳代後半から80歳代)の聞き取り調査をもとに老いと死の視点からまとめた論文(「民俗学における老人論-宮田登の継承と発展-」(筑波大学民俗学研究室編『心意と信仰の民俗』吉川弘文館2001年、pp.295〜309))を研究成果の一部として発表した。
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