本研究の目的は、ユネスコが現在積極的に進める文化遺産保護対策とその背景にある世界遺産条約の概念・思想とが、文化遺産をとりまく地域社会、さらにそれらを包摂する国家としての歴史観やアイデンティティとどのように関係するのかを南米ペルーの考古学的遺産を例に検討することにある。 本年度は、ユネスコのリマ事務所におけるインタビュー調査を海外共同研究者に依頼し、現地で実施されているユネスコのプロジェクトの把握、ペルーの文化行政に対するユネスコ側の意見を聴取した。これと同時に、ペルー国における文化行政担当者に対するインタビュー記録と文化財保護関係資料を分析に加えることができた。 さらに世界遺産に指定された遺跡ばかりでなく、他の遺跡周辺に暮らす住民へのインタビューについても海外共同研究者の協力の下に3カ所で実施し、とくに南高地アレキーパ地方では、インカ時代にさかのぼる生贄の証拠として発見されたミイラの帰属に焦点をあてた。これは、発見地周辺の村落住民が土地管理権をもとに、ミイラの所有権を主張し、貴重な文化財として厳重な管理を主張する国との間で軋轢が生じているからである。また、インカ支配というペルーと共通の過去を持つ隣国エクアドルを訪問し、国家の歴史の中でインカがどのように扱われるのかについて、北部のオタバロ村で調査を実施した。この結果、両国の国境紛争に一応の決着がついた2000年を境に、歴史観の対立が緩和された点が判明した。
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