環北太平洋地域において、動物皮は保温・防水性に優れ、加工しやすいという特長を有していることから、大小様々な道具の素材として活用されてきた。利用にあたっては時間を浪費し、手間のかかる製革処理が事前に必要となる。北方民族の製革技術に関するこれまでの研究は、ツングース系の複雑な技術が、より単純なパレオアジア系の技術の上に覆い被さったという、二項対立的で単純な性格のものであった。ひとたび確立した製革技術がそのまま変化しなかったと考えるのには無理がある。また、脳漿なめしや燻煙などを用いた複雑な技法やそれに伴ない発達した道具類は、ツンドラ地域でも見られ、どの皮をどの用途に用いるかによっても一様ではなく、単純な技術と複雑な技術の組み合わせの例も珍しくない。毛皮の加工技術は、特定の文化領域や自然環境に限定される固定的なものではなく、民族接触や欧米列強の進出に伴なって拡大した、市場・商品流通経済や製品分業化システムに巻き込まれることによって柔軟に変化したことが裏付けられた。また、毛皮収奪を目的とする国策会社の政策にも配慮しながら、近代的市場価値が高かったビーバーとラッコの皮革処理や流通にも焦点をあてた。ヨーロッパや中国市場での毛皮需要の高まりに対応し、先住民による飛躍的な毛皮生産の伸びが認められ、より効率的な技術の導入が図られるようになったのは、まさにこうした高級な毛皮を有する小型毛皮獣の製革技術においてであった。特定地域の大型動物種に適応した、古い伝統的な技術にのみ注意を払ってきたこれまでの保守的な研究の欠点を浮き彫りにするとともに、各地域を個別に論じるのではなく、環北太平洋全体を視野におさめることによって、かえって地域ごとの特徴を明確にすることができた。
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