これまで近世史研究において、幕藩領主の意識・思想を真正面から取り上げ、その歴史的特質や地域・時期による変質等々を明らかにするような研究は行われなかった。そこで本研究では、幕藩制支配の確立期である近世前期にしぼって、この時期の幕藩領主の意識・思想を歴史的に位置づけようとした。 1.各地に史料調査に出かけたりして、幕藩領主の意識・思想を読みとり得る史料として、(1)幕藩領主自身の編著作類、(2)幕藩領主が遺したという由緒をもつ大名家訓類、(3)幕藩領主の言動を側近・近習らが書き記した言行録、(4)幕藩領主を後世「明君」として美化しその言動を書き記す明君言行録、を調査・収集してきた。また幕藩領主層のブレーンの著作類がある場合には、それも撮影してきた。 2.幕藩領主の旧蔵書の調査、及び蔵書目録の調査も精力的に行ってきた。収書傾向を見ると、個々の幕藩領主の蔵書には一定の個性が認められるが、軍書(軍学書・軍記物)や政道書等の書物は、すべての幕藩領主が共通して持っており、注目される。 3.多くの藩で『理尽鈔』あるいはその関連書を所蔵していることがわかった。現存しなくても、蔵書目録を見るとかつては所蔵しているケースも数多くあった。 4.1〜3の作業を通じて、個々の幕藩領主の政治意識、政治と「太平記読み」との関わりについて考察した。また上記の史料調査を通して、(1)特定の藩主を神格化しているところ、(2)特定の藩主を「明君」化しているところ、(3)藩主の神格化も明君化も行っていないところ、があることがわかった。藩の政治・体制(藩世界)の形成において藩主の神格化や明君化がどのような意味を持っているのか、についても検討した。
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