本研究は、17世紀を中心とする日蘭貿易の状況、そしてオランダ東インド会杜による日本商品のアジアにおける販売網を明らかにすることを目的としている。当時日本からの主要な輸出商品は金(小判)・銀・銅・樟脳などであった。本研究では、この中で特に銀を中心に考察を進めた。銀は16世紀以来日本から輸出される最重要商品として知られており、日蘭貿易開始後も銀が輸出商品の中心となった。そのため、日本銀が世界市場に果たした役割を過大評価する論考が目についた。しかし、銀輸出は1630年代後半にピークを迎えた以後は、輸出額が下落し、そのまま横ばい状態が続いた。これは、1640年代以降世界市場における銀相場の下落やオランダによる中国貿易断絶により、アジアにおける日本銀の需要が減少したことによるものであることを、本研究において明らかにした。そして、1668年に幕府により銀輸出禁止令が発布された後は、金(小判)や銅が主要な輸出商品となった。その後、金(小判)は18世紀中期で輸出されなくなるが、銅と樟脳は幕末まで輸出され続けたこと、そして、このような主要輸出商品の変化の背景には、インド市場などにおける需要変動が大きく影響していたことを明確に示した。さらに、本研究では、17世紀の日蘭貿易の状況が記されている「日本におけるオランダ東インド会杜の取引に関する記述」を原文より翻訳した。これは、1740年代に3回日本商館長を務め、後に東インド参事となったファン・デル・ワイエンにより作成されたものである。以上の研究により、17世紀を中心とする日蘭貿易の実態を明らかにするとともに、世界市場と日本との関わりについて、日本輸出商品の流れを通じて考察した。
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