本研究は、オスマン帝国の近代海軍・海運の形成過程を分析することにより、経済的植民地化とナショナリズムの台頭がオスマン帝国末期の社会・経済構造に及ぼした影響を考察するものである。具体的には、(1)「カボタージュ権」問題、(2)官営汽船の創設、(3)海軍におけるエスニシティと宗教という3つのテーマを設定し、(1)と(2)では経済的植民地化と海運業の育成・自立との関係を、(3)ではナショナリズム運動の海軍への影響を明らかにしようと試みた。 (1)では、オスマン帝国水域のカボタージュ権をめぐるイギリス・オスマン帝国間の論争の4つの事例をとりあげ、両国の史料を比較検討することにより、不平等条約下における海運自立の困難さを実証した。 (2)では、オスマン帝国公文書館および海軍文書館所蔵の官営汽船経営に関わる史料から、国家的事業としての汽船会社創設の経緯と草創期の汽船事業の実態を、外国資本との競合を視野に入れつつ解明した。 (3)に関しては、19世紀以後のギリシア独立運動に代表されるナショナリズム運動とそれに対抗するイデオロギーとしてのパン・イスラーム主義運動などが、オスマン海軍におけるムスリムと非ムスリムの役割にどのような影響をおよぼしたのかについて、海軍兵士の徴募に注目して検討を行なった。その結果ギリシア系人材の喪失がオスマン帝国末期の海軍の衰退の大きな要因となったこと、ムスリム人員の増加がトルコ共和国海軍の創生につながったことが明らかとなった。
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