文献学的研究の基本として、記録を残した人-ここではバビロン・エサギラ神殿の天文学者-の心性を明らかにしていくことがまず求められる。 天文日誌は、天体気象観測記録の部分とその他の部分に分けられるが、文体に違いのあることが明らかになった。後期バビロニア語においては、過去を表わす時、perfectを一般に用い、天文日誌でも観測記録以外の部分(政治的な出来事などが記される部分)でもそうである。しかし、表語文字がきわめて多い観測記録部分でところどころに記される表音補辞を見てみると、この部分では過去をpreteriteで表わしていたことが明らかになった。記録者において、観測記録部分とその他の部分とで明確に意識の相違があったことが判明する。 「シュンマ・アール」や「シュンマ・イズブ」などの古いテキストの前文に当たるような記事-動物が街に入った、奇形が生まれた、など-は、観測記録部分に挿入されていることが多く、記録者が観測記録をどのようなものとして捉えていたかの参考になる。ただし、これらの記録、とくに動物の記録、は後期には数を記載そのものが減少する。後期というのは、バビロニア数理天文学が完成した時代でもあり、学問としての天文学の発達とこれらの記載数の減少とは明らかに関連があるものと想定される。 天文日誌のデータについては、物価推移についてはまとめて長期的傾向を示すことが可能になった。気象記録については、欠損が多い中でも、雲量が増え始める時期および雨が降り始める時期・降り終わる時期について、分析できる目途がついた。
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