天文日誌に記されている大麦等の価格については、長期的推移が容易にわかるようグラフ化を行なった。この場合、欠損のきわめて多く、また時期的な偏りも大きい資料をどう扱うかが問題になる。本研究では、細かい単位の部分が欠けていてもデータとして編入できるよう、「中央値」を主に用いた。時期的な偏りについては、まず月ごとの中央値、それを年ごとにして、10年単位で代表値を算出し、グラフ化した。なお、縦軸(物価)は対数目盛を用いた。これは当然のことであるが、従来の天文日誌を用いた物価の研究ではこのような手法が採られず、物価の長期的推移を描き出すのに必ずしも成功していなかった。 気象については、データ数が膨大であるが、全体的な傾向を把握するのに最も適していると思われる降雨についての記載をグラフ化した。冬期に若干の降雨をみるが夏は極端に乾燥している、という現在の気候パターンに基本的には一致していること、しかし、現在よりはいくぶん湿潤であったらしいこと、などが導ける。 各種データの連関については、紀元前2世紀後半の物価が高騰した時期は、降雨の記載は前後の時期とそう大きな差はないが、ユーフラテス河の水位は水位が最も高くなる春先でも低い年が多いことがわかる。バビロン当地の降水より、上流域での降水・降雪の方が、収穫により大きな影響を与えていたのではないか、という仮説を提示することができるだろう。 なお、関連して、バビロンで楔形文字が後2-3世紀まで記されていたとする最近のゲラーの説を批判的に検討し、その上で天文学者の活動こそがバビロンで楔形文字が最後まで残された原因である、という仮説を提示できた。
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