18世紀末から数年間にわたって展開されたエジプト遠征に関する記憶は、その後のフランス社会が現代にいたるまでも抱きつづけているオリエント・イスラーム観の基底をかたちづけている。さらにその記憶は、19世紀を中心に現代にも生き続けている「ナポレオン伝説」と、深く結びついてもいる。遠征軍の総司令官はナポレオン・ボナパルトその人だったのだから。 たとえば、パリのエトワール凱旋門やマルセイユのエックス門など、エジプト遠征を記念する建造物が、おもに首都パリと、地中海を挟んでイスラーム世界と対面している南フランスに散在しており、それら記念物の主要モチーフは、(1)エジプト=オリエントを軍事征服したことの賛美と(2)軍事征服後にフランスは「文明」をもたらしたという主張にある。 エジプト遠征のこのような記憶は、19世紀半ばから現代にいたるまで、遠征を背景とする大衆文学のほとんどにも見受けられる。さらに教科書のなかでも、遠征自体への言及がほぼ消滅する1980年代以前は、このような遠征観が展開されていた。 エジプト=オリエントを劣等視するエジプト遠征のこの記憶は、現代にも生き続けており、したがって、近現代フランス国民のオリエント・イスラーム観を考えるうえで、この記憶のありようを分析することが重要である。 以上のような研究内容の一部が、単著『ナポレオン伝説とパリ』(山川出版社、2002年7月刊行予定)で展開されている。
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