18世紀末にナポレオン・ボナパルトを総司令官にしておこなわれたエジプト遠征に関する記憶は、その後のフランス国民が抱くこととなるオリエント・イスラーム観の、その基底となった。そのような記憶をかたちづけるのに与ったもののひとつに、遠征同行スケッチ画家ヴィヴァン・ドノンの著した紀行文『ボナパルト将軍〓下のエジプト紀行』(1802年)がある。現代まで200年以上の長きにわたって読みつがれてきた紀行文である。この紀行文を通じてフランス国民は、エジプト遠征を、まず第一に、オリエント・イスラーム世界に対するフランスの軍事的・技術的優位を実証するものだったとして記憶するようになる。そして第二に、この遠征は、イスラーム支配下で荒廃するにまかされてきた古代エジプト遺跡を発見し、「エジプト学」の端緒となることで、オリエント・イスラーム世界に対するフランスの文化的優位をも実証するものだった、として記憶されるようにもなる。19世紀から20世紀半ばまでの植民地主義の時代、この『エジプト紀行』は、フランスによる北アフリカ支配を正当化するフランスの「優位」、それを証しだてるものとして読まれていたのである。 しかし、1970年代に入って、フランス社会が脱植民地化へと大きく舵を切ったことで、エジプト遠征に関する記憶のありようが変容し、ドノンの『エジプト紀行』の「読まれ方」も変化するようになった。けっして反植民地主義者ではなかったドノンとその紀行文が、反植民地戦争の記念碑として見られるようになったのである。 以上のような研究内容の一部が、単著『ナポレオン伝説とパリ』(山川出版社、2002年)と、論考「戦争の記憶-そのあとさき」(京都大学文学部編『知のたのしみ 学のよろこび』岩波書店、2003年所収)で展開されている。
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