本研究では、帝国記念日(Empire Day)が創始されたオンタリオ州に焦点をあて、帝国記念日においてカナダとイギリス帝国との繋がりやイギリス帝国への帰属の意味がどのように説かれ、それがいかに変化していったのかについて、最初の帝国記念日が挙行された1899年からそれが終息する1970年代初頭まで、同州教育省発行のブックレット類を主史料として分析した。そして、カナダ社会におけるイギリス帝国のプレゼンスの変容を考察し、以下の結論を得た。 1.20世紀前半には、カナダの国家的自立にとってイギリス帝国は不可欠な存在であり、戦争貢献など、イギリス帝国政策への積極的貢献が主張された。また、その際、「活用しうる過去」としての「ロイヤリストの伝統」の共有が説かれた。 2.20世紀初めからイギリス帝国が多民族・多宗教の統合体であるとするレトリックが散見されたが、それは、第2次大戦後の多民族化するカナダ社会においてさらに力説された。そして、カナダを多民族統合体であるイギリス帝国のミクロコスモスとみる見方が強調され、多民族社会カナダの統合においてイギリス帝国への帰属はいぜんとして重視された。 3.意識面に着目した場合、20世紀カナダ社会について政治・経済面で指摘される「イギリス帝国圏からアメリカ合衆国圏へ」の図式は必ずしも当てはまらない。すなわち、イギリス帝国のプレゼンスの意義は、少なくとも1960年代前半まで失われることはなかった。 本研究は、カナダ史研究で看過されてきたイギリス帝国史的アプローチに立つものであるが、本研究を通して、かかるアプローチが、これまでイギリス帝国支配に対するナショナリスト的反抗として北米の文脈でのみ考察されてきたカナダ多文化主義成立史研究にも一石を投じうるとの見通しを得た。
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