本年度は「時空間の変容」の問題を、記念碑、特にナチス時代とホロコーストの記憶に関する記念碑が戦後においていかに設立され、それがいかに変容してきたのかを、戦前における歴史的な記念碑と比較対照しながら、その歴史的変遷を調べていった。それに関する研究書の入手と読解だけではなく、本年度の夏にはドイツを訪ね、資料の収集と記念碑の訪問およびデジタルカメラによる撮影を行ない、その成果は数度の研究会および学会報告において発表した。これらの報告においては、統計資料とオーラルヒストリーの研究を用いながら、記念碑設立の動向とその形態の変化を追い、1970年代までナチズムとホロコーストの記憶は、高度経済成長に伴う未来志向的な時間意識と反共意識に促されて、抑圧・忘却されていったが、それ以降に、ユダヤ人殺害だけでなく、シンティ・ロマ(いわゆるジプシー)や知的障害者、ホモセクシャルなどの「忘れ去られたナチ犠牲者」の記憶が呼び起こされていったこと、また、一部のナチスが行った歴史的犯罪だけでなく、一般市民が日常的に行っていた差別の記憶も掘り起こそうとする動きが見られることを明らかにしていった。これらの動向は、同じ時期に生じているドイツ人の時空間意識の変容、たとえば反原発運動などに見られる進歩意識に対する懐疑やエコロジー意識の浸透、歴史学における日常史研究の出現や歴史家論争、ヨーロッパ統合の進展などと密接にかかわっているように思われるが、その因果関係を明らかにしていくことが、これからの課題となっている。それによって、ドイツ社会がこの時期に大きな歴史的転換を遂げ、ドイツ人は、意識的にであれ、無意識にであれ、新たな政治-社会的課題に取り組んでいることが明らかになるであろう。
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