本年度は19世紀末におけるドイツの社会保険の導入とジェンダーとの関連について考察し、それが家族の扶養者である男性が標準的な労働者で、女性は特殊で家計補助という近代的なジェンダー・ヒエラルヒーにもとづく労働者モデルを定着させるにあたって重要な役割をはたしたことを明らかにした。すなわち保険の内容をめぐる議会論議において、障害年金では女性は寡婦としてしか議論の対象にならず、老齢年金では女性は結婚によって退職する者、あるいは就業をしても家計補助者とみなされた。その結果、フルタイムで長期間働く男性をモデルにし、女性を特別な扱いする保険制度が生まれることになった。 本年度は3年間のまとめの年にあたっており、以前から継続して研究していた労働のジェンダー化についても考察した。ドイツの織物業は男性が担い手の中心で、女性は補助労働をしている1人が多いが、それでも農村と都市、織物の種類などで差があり、都市の方が農村より、また絹織物のほうが綿織物より、その傾向が強かった。このような所では織布工は労働を手工業的に組織し、自らも手工業的なアイデンティティをもち、女性が自立した労働を行うのを排除しようとした。力織機の導入にともなう労働の女性化に対しては手工業的イヌング運動を組織して強く抵抗し、自らは手機に固執して工場労働者にはならなかった。織物業が男性中心に営まれているドイツと女性中心の日本とでは、この労働に付与される意味合いにも、担い手のアイデンテイテイにも大きな差があり、労働がジェンダー化されていることが明らかになった。
|