民主政の原理は、市民の自立的判断と行動を前提とし、とくに一般市民が有力者への従属や影響から解放されていることを前提としている。従って、市民の問に身分差別や主従関係などが存在することはもちろん、買収や贈賄などによる影響力の行使も、民主政の展開には好ましくない。この意味で、古代ギリシアのポリス社会にも存在した互酬性の慣習が民主政の展開に、とくにアカウンタビリティの問題にどのような影響をおよぼしたか、民主政の展開が互酬性の慣習にどのような変化をもたらしたか、という問題の検討は本研究の前提として重要な意味を持つ。本年度は、主にこの問題を考察した。 互酬性の慣習は、古代ギリシアの各時代を通じて、当然のことながら普遍的に存在していた。とくに貴族階層においては、贈物をする寛大さ、物惜しみしないこと、それに対して感謝の気持ちを持ち、お返しをすること、などは高貴な美徳とされた。こうした互酬性はギリシア人の生活の隅々までゆき渡っていた。民主政期のアテナイといえども例外ではなかった。こうした慣習の下では、有力者が一般市民に対して優越した関係を作り出す可能性がある。気前よさLargessを手段とするキモンの政治スタイルはその一例である。 しかし、民主政の進展の中で、アテナイはまず対外的外交関係の中で互酬性的原理を捨て、正義の観念を導入することによって、スパルタなどとは異なった外交関係のスタイルをうみだした。この考え方は、徐々に政治や法廷弁論などの領域にも影響をおよぼした。役人の弾劾裁判制度や執務審査制度などアカウンタビリティを高める制度の展開にも重要な影響を与えたと考えられる。
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