平成14年度は、郡衙および郡衙関連遺跡、豪族居宅遺跡などの発掘調査成果から、総柱式高床倉庫遺構について資料収集をおこない、データベースを作成する作業を継続した。データ項目は、平面形式、桁行・梁行総長・柱間寸法、平面積、柱掘りかた形状・規模、年代、などである。それと併行して、『平安遺文』や木簡などにみえる倉庫関係史料の収集をおこなった。また、昨年度、整理分析した天平諸国正税帳や越中国官倉納穀交替記などにみえる正倉の規模と収納量との関係について、論文としてまとめ、斛法などについて新たな見解を提示した。 また、本年度は、居宅・集落・郡衙正倉について、その平面積や桁行・梁行寸法について相互比較検討をおこない、郡衙正倉の特質についてまとめた。 また、宮所荘関係木簡から、平安前期には稲は穎稲の形態で収穫されており、田租の納入にあたっては、穎稲を〓成して稲籾として正倉に運搬されたこと、その経費は納税者側が負担したこと、また、静岡県居倉木簡から、10・11世紀段階でも穎稲の形態で収穫されていたこと、穎稲での収取とともに舂米として収取する形もとられていたことが知られることを改めて確認した。 また、正税帳にみえる正倉の収納量から推定される倉庫の規模について検討し、国家が標準とした穀倉が大型の倉であったこと、一方、郡稲帳にみえる穎倉は正税帳にみえる穎倉より小規模で、特に初期正倉にはそうした小規模な例がしばしば認められることから、この段階では官衙造営における大規模な労働力を編成し得なかった郡の存在がうかがえることも明らかにした。
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