今年度の文献調査は、近畿地方の京都市(大通寺)・大津市(石山寺)・奈良市(東大寺図書館)・紀伊田辺市(高山寺)及び那賀郡桃山町(興山寺)を中心に、経藏全体の聖教類すべてを視野に入れながら、平安時代書写・成立及びそれに関連する文献資料の調査を行い、その書記特徴や位置づけについての現地調査を行い、必要に応じて写真撮影を行った。大通寺聖教類の漢文資料については、まだその一部しか調書を取り得ていないが、サンプル調査によって、平安時代書写の原本は寡少ながら、その奥書が詳細であって、伝受の跡を具体的に復元可能であることが判った。石山寺では、平安時代の、特に中期から後期の次第類に注目し、その漢文体資料の特性を観察した。次第類においては漢文への志向が強くさほど日本語的な要素の混入しがたいことが見通しとして成り立つように推察された。東大寺図書館においては、平安初期漢文資料の文献を調査し、混入する片仮名との関連についての考察を行った。日本漢文と片仮名文とは従来より密接な関係の存することは指摘されていたが、具体的にどのような条件で片仮名が混入し、それと漢文部分との関係はどのようであるかの考察は必ずしも進んでいるとは言い難い面があった。今年度の調査において、従来知られている片仮名交文の『東大寺諷誦文稿』と調査中の『七喩三平等十无上義』とは、一括して扱えず、片仮名混入の状況や漢文としての特徴に相当の異なりが見られることが気づかれた。次年度においてもこの点の論証が急務であると考える。新規に取り組んだ和歌山県の興山寺調査では、高野山麓の真言寺院の聖教類の生態的調査の試みを行った。まだ予備調査の段階であり、漢文体聖教類の伝存状況については確かなことは分からない状況であり、これも次年度に継続して行う必要を感ずるものである。
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