-ai、-oi連母音がエ列化した結果、元来のエ列と二重母音から転じたエ列とをどのように区別するか、という問題について次の三種類の区別の存在が確認される。(1)母音を広狭二種類用意することで区別する場合、(2)子音の口蓋化によって区別する場合、(3)母音の長短で区別する場合、の三種類である。現代日本語では(3)の方法が普通であるが、これには次例のように著しい文体差を伴う。ヤバイ〜ヤベー 今回の研究費によって「ロシア資料のエ列音」として発表した論文では、ゴンザが残したロシア資料ではエ列に二種類の表記が用いられていて、それが元来のエ列と二重母音から転じたエ列に使い分けられていることがわかった。これを、キリル文字の子音文字と母音文字との結合の仕方、日本語の行、使い分けの正確さ、日本語史上の使い分けの意味、という観点から分析すると、母音の広狭の二種で区別する場合(ケ・メ)、子音の口蓋化の有無で区別する場合(セ・ゼ・テ・デ)、合一する過程にある場合(べ・ネ)、完全に合一した場合(レ)という状態であったことが分かった。次にロシア資料としてその実態が知られていなかった『友好会話手本集』について、その内容を明らかにした(論文「音質と音数」1章)。またここでは前掲の(1)(2)が古代的な区別の仕方であるのに対し、(3)が近代的な区別の仕方であることを論じ、併せて方言においても(1)(2)が九州・琉球方言などに見られるものであり、一方(3)が現代共通語に見られることを示した。つまり音質のバラエティーを増やすことによって区別する時代・地域と、音数を増やすことによって区別する時代・地域があったのではないかという推定を述べた(前掲論文「音質と音数」)。
|