本研究の目的は大きく2点あった。 1点目は『友好会話手本集』など、十八世紀薩摩漂流民がロシアで遺した日本語ロシア語対訳資料を紹介することである。 2点目はその資料をもとに薩隅方言の音配列構造や語形式との相関性を明らかにすることであった。 1点目については、本研究の報告書を利用して『友好会話手本集』の翻刻、ロシア語訳、日本語訳、注釈などを行った。ロシア語訳の部分は東京大学の米重文樹氏の助力を得た。 2点目については、「ロシア資料のエ列音」(2000.8筑紫国語学談話会)、「ai〜e:の展開」(2001.6九州大学国語国文学会)、「アイ連母音のエ列化と方言類型」(2001.8筑紫国語学談話会)、「アイ連母音のエ列化について」(2001.9岡山大学日本語研究会)、「アイ連母音のエ列化について」(2001年国語学会秋季大会)などで学会発表し、「九州方言のエ列音」(2001.4『筑紫語学論叢』風間書房)、「音質と音数」(2001.3『大友信一博士古稀記念〓伽林學報』4)や「「簡単な報告」中の日本語」(2002.2月『国語国文』71-2)などで論文として発表した。 その結果、分かったことは、次の2点である。 日本語のエ列音は語彙の種類と関係している。つまり漢語や外来語にはエ列が多いが、和語には少ない。そのために、和語の中でエ列になるものは、共通語においては、特殊な表現価値を担うことがあり、また方言においてはその語彙の種類を区別するために、本来のエ列とaiやoiなどから転じたエ列とを様々に区別しようとする現象が行われるということが明らかになった。つぎに「簡単な報告」とよばれる古文書には日本の地名が掲載されているが、その地名は、『友好会話手本集』などの日本語とは違っている。語末のエ列がイ列化しているからである。これは別の日本人(ソーザ)の日本語であり、鹿児島県川辺方言周辺の言葉であると考えられる。 以上のことがこれらの研究によって判明したのである。
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