平成12〜14年度の研究で、院政期の『兵範記』と院政・鎌倉期の『明月記』の調査を行ない、『玉葉』『吾妻鏡』のデータベースを使用して、比較調査を次の四つの観点から行なった。(1)記録語の使用と意味変化。(2)唐名・異名の出現情況。(3)唐代口語(とうだいこうご)・本朝漢詩文で使用された語の古記録への影響。(4)漢籍の表現の古記録への影響。▼平安後期から院政期へかけて異名や唐名が徐々に増えていく。院政期の『兵範記』では散見する程度であるが、『明月記』や『玉葉』などの鎌倉期に入る日記には多く見えてくることが判明した。異名は『兵範記』「宇縣(宇治)・華洛(京都)・四明(比叡山)・長安(右京)・洛陽(左京)・龍蹄(駿馬)」等、『明月記』に「陶化房(九条)・南山(高野山)・皐陶(太理)・射山(仙洞)・槐門(大臣)・椒房(皇后)」等が見える(唐名は報告書参照)。▼唐代口語から本朝漢詩文を経て古記録でも使用される語がある。(1)多くの古記録に見え平安古記録で常用される語〔例;自餘(ジヨ)・向後(コウゴ)・子細(シサイ)・本自(もとより)〕等。(2)一部の文献ではよく見える語〔例;登時(トウジ)・都合(ツゴウ)・大都(おおよそ)・等閑(トウカン)・鎭(とこしなへに)・奔波(ホンパ)〕等。(3)一部の文献に稀に見える語〔例;為當(はた)・觸(ごと)(事)・都盧(トロ)〕等に分類できる。▼漢文訓読語は『兵範記』に〔豈(あに)・蓋(けだし)・豫(あらかじめ)〕等が見える。病の語は『兵範記』に「飲水・雑熱・二禁・發心地」等、その他『明月記』に「寸白・時行・石痲」等が見える。▼『明月記』は院政期から変容する記録体の様相を示している。斎木一馬氏が「記録語の例解」の中で取り上げられた「記録語」27語のうち、『明月記』に見える「記録語」は「有若亡(イウジヤクバウ)・邂逅(カイコウ)・響應(キヤウオウ)(饗應)・計會(ケイクワイ)・経廻(ケイクワイ)・骨張(コツチヤウ)・左道(サタウ)・潤色(ジユンソク)・松容(シヨウヨウ)・如在(ジヨサイ)・如泥(ジヨデイ)・對揚(タイヤウ)・侘〓(タクサイ)・逐電(チクテン)・突鼻(トツビ)・飛去(ヒキヨ)・秘計(ヒケイ)・牢籠(ラウロウ)・〓弱(ワウジヤク)・和讒(ワザン)」の20語である。▼また、同氏が「『記録語の例解』-国語辞書未採録の用字・用語」で取りあげた32語の記録語のうち、『明月記』には以下の16語が見えた。〔営(イソ)ぐ・不謂(イハレザル)・淵(エン)(縁)底(テイ)・解頤(カイイ)・各出(カクシュツ)・興言(キョウゲン)・無曲(キョクナシ)・活計(クワツケイ)・経営(ケイエイ)・見来(ゲンライ)・拾謁(シフエツ)・水駅(スヰエキ)・一二(ツマビラカ)・纒頭(テントウ)・如法(ニヨホフ)・不図(フト)〕。
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