今年度、主たる研究対象として取り上げたのは『花襷厳柳嶋』(元文4年刊)である。この作品は従来から、作中の宝物の名前を「南鈴」としていたりする点などから多田南嶺作であることが確実視されているものだが、輪講の中で確認された、彼と交わりのあった俳人達の名前が利用されていることなども、この推測を補強する材料となるものといえる。 さて、この作品における最大の問題といえるのは、前半部が元禄の赤穂浪士事件を素材にしていると考えられる点である。姉妹の敵討に至るまでの展開はまさに『仮名手本忠臣蔵』を髣髴とさせるといっていいほどなのであるが、刊行年からすると、この作品の方が『仮名手本忠臣蔵』に先行することは疑いを入れない。とすれば、本作が忠臣蔵狂言の代表作であるこの『仮名手本忠臣蔵』になにほどかの影響を与えたと考えねばならないことになるが、それをいうためには、本作以前の忠臣蔵狂言とのかかわりについてなお慎重な検討が必要がある。この点は次年度以降の課題としておきたいと思う。 この他、すでに輪講を終えている『勧進能舞台桜』(延享三年刊)及び『龍都俵系図』(元文五年刊、いずれも南嶺作とされているもの)について、その成果をまとめ、それぞれ連載形式の注釈として公刊に付した。また、江島其磧作の『都鳥妻恋笛』(享保十九年刊)に関してもほぼ注釈はできあがっているのであるが、雑誌連載のかたちでは時間がかかり過ぎるので、私家版として刊行することも含め一括して公にする方法を模索中である。さらに、この作品との関連では、隅田川の世界とお家騒動ものがどのあたりで接近していったのか等についてを目下先行諸ジャンルとの作品とのかかわりのなかで検討をすすめているところである。
|