本研究は、八文字屋本の時代物浮世草子の注釈的研究を通して、各作品の「他界」を記述しようとするものである。 研究期間中に注釈的な検討を終えた作品は、『風流宇治頼政』(享保5年刊)『都鳥妻恋笛』(享保19年刊、以上二作は江島其磧の作品)『勧進能舞台桜』(延亭3年刊)『龍都俵系図』(元文5年刊)『花襷厳柳嶋』(元文4年刊、以上三作品は多田南嶺の作品と考証されている)の計5作品である。 ここでは「世界」の概念規定や各作品のおける具体的な「世界」のありようについて述べる余裕はないが、作品によってその様相はさまざまであり、簡単に概括することはできないようである。たとえば、『都鳥妻恋笛』の場合、従来から近松門左衛門作の浄瑠璃『双生隅田川』(享保5年初演)に基づくとされてきたわけだが、くわしく検討してみると、両者の関係は実はそれほど深いものではなく、それよりも、謡曲「隅田川」やその系譜につらなる古浄瑠璃・説経等がはるかに密接な関係を持っていることがわかってきたのである。さらに、それに加えて、元禄歌舞伎における「隅田川」ものがいくつか関与したとみられる部分もあるし、さらに、『伽婢子』『金玉ねぢぶくさ』等の怪異小説が利用された箇所もみられるのである。この一例だけからも、時代物浮世草子作品の「世界」を記述するためには、当該作品の注釈的な研究を踏まえつつ、それぞれの「世界」の系譜を考えていく必要があることを改めて痛感したのである。 以上のことをふまえ、本報告には、『勧進能舞台桜』の全注釈を収めることとし、さらに、『都鳥妻恋笛』の新出異版を発見しそれによって得られた知見に基づく発表を行なったので、それもあわせて収めることにしたのである。
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