本年度は継続してきた『萬葉集』の注釈の第三分冊が完成し、刊行された。共著者五人の中で、主として歌の表現に於ける詩語受容の指摘を担当する者として、巻十一から十五までのすべての歌における漢語受容のさまを検討し、然るべき注釈を加えた。従来の注釈にない新しい知見を得ることが少なくなかった。 論文「蕪村の発句と漢文学」は、蕪村の発句が、従来指摘されている以上に、広く深く漢文学の影響を受けることを具体的な例をあげて指摘した。句意が難解とされたり、あるいは誤解されていた発句について、蕪村が巧妙に漢文学の表現を取り入れていることを知ることによって、新解釈を得ることができた。今回の研究課題からはやや逸脱するテーマの研究ではあるが、漢詩文の受容の問題が和歌のみならず、俳諧ではさらに重要であることを確認できた。 また「古典学の再構築」の国際シンポジウムに招かれ、「歌人は居ながら名所を知る」という標題の講演をした。歌枕を知ることによって見もせぬ名所のありさまを理解するという近代の文学観では全く評価されない諺が、近世では、読書によって広い見聞を得て、他者の心を理解できるという学問の意義を教える名言として繰り返し用いられていたことを指摘し、近世と近代の学問観、文学観のそれぞれの特徴を考えた。
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