『萬葉集』における中国文学受容の様相の研究の成果は、新日本古典文学大系『萬葉集』(岩波書店)の注釈および解説として公開してきたが、その最終巻第四冊が平成十五年十月に刊行され、十年来の仕事に一段落がついた。この第四冊は、『萬葉集』の中でも特に仏教、漢詩文の影響を濃厚にうける巻巻を含んでいる。近年急速に整備されてきたデーターベースを用いることができたお陰で、私たちの注釈の中には新たな見解を多くもりこむことができた。また、解説では、東大寺造仏所の長官を務めた市原王という人物の歌を例にとりあげて、仏教思想と中国詩文がどのように歌の世界に受容されたかを具体的に論じた。 『萬葉集』に続く『古今和歌集』をはじめとする中古の和歌における中国詩文受容についての研究、および『萬葉集』の研究を介して、江戸時代の国学および儒学の研究にも着手した。「道をうづむ花」「『もののあはれ』を知る道」「歌人は居ながら名所を知る」などの論文がそれである。国文学における中国文学の受容と一口に言っても、そのありかたは一様ではない。受容される要素と拒絶される要素があり、また、いったん受容されたものが大きな変容を蒙ることもある。また中国文学において異端的であったものが、日本では全面的に受け入れられることもある。そのようなさまざまな受容のありかたを取り上げることによって、中国文学と国文学のそれぞれの性格が明らかになる。この四年間の研究は、各分野ばらばらな事象をあつかっているように見えるが、研究の目標は一貫してそのようなところにあった。
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