本年度は、近衛家四代のうち、後の二代の信尋・尚嗣について、重点的に調査・研究を行った。前年度と同様に、陽明文庫での調査および前年度収集資料の読解等において、詠草類とともに、詠草に付随する書状・書状案・覚書等についても目を配り、詠草と関連づけることで、和歌が詠まれた現場の実態をより立体的に把握することに努めた。 信尋・尚嗣については、和歌の草稿から添削資料・年次別の詠草の控え・自撰家集の稿本に至るまで、和歌が詠まれてから、歌会に提出され、家集として整理編纂されるまでの各資料が、相当量、しかも網羅的に伝存していることを明らかにした。 そこで、和歌の創作現場の実態をより明らかにするために、本年度は、信尋・尚嗣詠草類の悉皆調査を目指し、優先的に調査を行い、信尋の詠草については一応、ほぼ調査を終えた。尚嗣詠草についても、来年度早い時期での調査終了を目指している。 現在、上記資料の整理・翻刻を行っている。同じ時や場所での資料が、必ずしも一括してまとめて保存されているわけではないので、資料整理が容易には進みにくい事情もあるが、同時にデータベース化も進めており、和歌の索引以外にも、詠まれた場や添削者などによっても並べ替え可能な形で入力を行っている。 調査の過程で、近衛家の文学活動の特質を考察するに足る有益な資料を見出した。一つは、尚嗣の息、近衛基煕の手になる『御手扣』という歌道・有職等の覚書である。近衛家における歌道の在り方、宮廷生活の実際をうかがい得る、貴重な一次資料である。 いま一つは、室町後期の狂歌合『玉吟抄』の、近衛信尋による筆写本である。『玉吟抄』は、これまで叡山文庫所蔵の一本のみが知られる孤本であったが、当該本の出現により一本となった。しかも、本文的に当該本の方が優れていると思われる。当代狂歌研究の貴重な資料であるとともに、近衛家の文学活動の幅の広さを伝える資料でもある。 上記二点の資料の翻刻を行い、詳しい読解をはじめつつある。
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