○陽明文庫において近衛家伝来の前久・信尹・信尋・尚嗣の詠草類の資料の閲覧・収集を行い、その解読・整理を行った。 ○信尋・尚嗣詠草のデータベース化を行った。その際、歌会の種類(禁中・仙洞・近衛家、御会始・月次・法楽・追福、兼題・当座など)、詠作年次、書型(懐紙・折紙・竪紙・短冊・冊子・巻子など)、歌題、合点添削者、宛名などのデータ別検索を可能な形での入力を行った。 ○その結果、年月日未詳の資料の一部の年月日が判明した。また、信尋・尚嗣の歌会への出席状況がその生涯を通じて明らかになった。さらに、添削者別の検索により、信尋・尚嗣の和歌指導の実態がより明確になった。 ○添削前と添削後の和歌の本文を並記することで、和歌の添削の方法、添削者別の指導の傾向などの考察が可能になった。また、一次資料である詠草と、それらを作者自らが整理した年次別詠草あるいは家集稿との対照により、和歌の詠草というものの性格についての考察が可能になった。 ○詠草類とともに、書状・覚書等についても目を配り、和歌が詠まれた現場の実態をより立体的に把握することに努めた。また、和歌に限らず、物語・漢籍等の講釈の聞書についても、閲覧・調査を行い、近衛家四代の教養・知識の在り方に知見を得、和歌の読解にも役立てた。しかし、特に前久・信尹の書状類は詠草に関わるものが予想外に多く、詠草類と一体のものとしての調査・分析が必要であると判明したが、分量が多く、断片的で日時の特定も難しく、整理は今後の課題となる。 ○京都大学附属図書館所蔵の近衛家文書・中院文庫・平松文庫・谷村文庫、総合博物館所蔵の中院家文書、歴史民俗博物館所蔵高松宮旧蔵本などの近衛家をめぐる周辺資料の閲覧・調査を行った。 ○また、調査の過程で、近衛家の文学活動を特徴的に示す注目すべき資料を見出した。室町後期の狂歌合『玉吟抄』の、近衛信尋筆写本は、これまで叡山文庫所蔵の一本のみの孤本であったもので、本文的にも優れる。近衛前久の『詠十五首狂歌』は初期狂歌の新出資料。近衛信尹筆の『随筆』は『醒睡笑』に約二十年先行する笑話の書留。いずれも近衛家の文学活動の幅の広さを示す。近衛基煕の手になる『御手扣』は歌道・有職等の覚書で、近衛家における歌道の在り方、宮廷生活の実際をうかがい得る。また、後陽成天皇と近衛前久との間でやりとりされた『詠五十首和歌』に関わる資料数点は、今回の調査で、後陽成と前久とが互いに『五十首和歌』を詠んだ際のものであることが判明した。後陽成の和歌活動、前久による和歌稽古の実際がうかがえる。さらに、近衛信尹筆の『聞書條々 短冊懐紙等ノ事』は、信尹若年の筆で、歌会の作法・近衛家の歌の流派の問題を考える上で、貴重な資料といえるものである。
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