本研究課題は、俗文学関係資料を利用することにより、中国近世音の実態の一斑を解明しようとするものである。中国近世音研究は具体的には唐末五代より清末に至る間の音韻状況を解明するところにその目的があり、その解明に当たっては、従来『韻鏡』・『七音略』等の等韻図あるいは元代の編纂になる『古今韻会挙要』・『中原音韻』、さらには『韻略〓通』・『韻略易通』等明清以来陸続と刊行された当時の地方音を反映する韻書等が主たる資料として使用されてきた。本研究はこれらの資料に加え、変文等の敦煌文学資料、宋詞そして元曲、さらには白話小説あるいは説唱文学資料に見られる押韻・別字異文等を分析・検討することにより当時の音韻状況を明らかにしようとするものである。 平成12年度・13年度は、『古本小説叢刊』(劉世徳等主編、中華書局)・『古本小説集成』(古本小説集成編集委員会編、上海古籍出版社)所収の小説資料を中心とする俗文学資料を調査検討し、そこに見られる音注及び俗字・別字異文等近世音研究に有用と考えられるものを抽出・カード化する作業を集中的に行った。また、これら影印資料の中の不鮮明なものについては国内及び中国の図書館に出向き、確認する作業も行った。 平成14年度は、カード化した資料の内『三国志平話』・『三国志志伝評林』・『剪灯新話句解』・『埋剣記』・『列国史』・『唐書志伝』さらには『明史弾詞』等について、精密に音韻学的分析を加え、その反映する近世音的特色について解明し、公表の準備を進めている。また、小説に付された音注や別字異文と戯曲・弾詞等の韻文文学の押韻というような、音韻資料としての性格の相違が、これらを近世音研究のための資料として使用する際にどのような相違をもたらすかについても検討した。
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