今年度は本研究の初年度である。研究計画に定めておいた通り今年度は中国における家族に関わる文学現象について、先行する研究を広く渉猟するとともに、今後進めるべき研究の方針を決定することに力を注いだ。本研究は、研究代表者と一人の研究分担者で推進する計画で、各々が分担する領域を明確にするとともに、協調した研究体制を構築すべく、都合四回の研究報告会及び打ち合わせ会を設け綿密な検討を実施した。その結果、中国近世から現代にわたる家族に関わる文学事象の中から、主として夫妻及び母子の、異性間にまたがる家族関係に焦点を絞って考察を進めていくことが最も成果を期待できる研究の進め方であると考えるに至った。考察の主たる対象としたのは、中国近世の士大夫が理想とした母子関係をテーマとする文学と、中国新文学において読者に家族を再考することを求める文学である。今年度に得た成果としては、第一に、中国近世以降、士大夫と呼ばれる書き手にとって望ましい母子関係はどう文学的に表象されてきたかを、欧陽脩が父母に捧げた墓表を端緒として解明したこと、第二に現代中国の最も有力な作家の一人である老舎が、家族内に生まれる人間関係の葛藤を、単なる諷刺やユーモアの対象として把握する立場から、社会全体の構造の中に位置づけられた悲劇として捉えるようになっていく過程を明らかにし得たことを挙げることができる。来年度以降の研究においては、今年度確定し得た方針を維持するとともに、中国近世から現代までを貫く一貫した視点を模索しつつ、夫妻・母子関係に関わる文学表象の歴史的転変の過程を具体的に捉えるべく、さらに緊密な共同研究を実施していきたい。
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