1今年度は、本研究の二年目である。夫妻及び母子等、家庭内の異性にまたがる諸関係に焦点を絞って、緊密な共同作業のもと、考察を進めた。古典文学の領域においては、欧陽脩の瀧岡阡表を中心的な対象として選び考察を加え、中国における子(男性)から見た母親の文学的表象が如何なる特徴を持つものであるかを明らかにすることができた。一方、古典文学を超克しようとして産出された新文学の領域においては、主に老舎の作品を対象として、その家庭観についての特徴を探求した。 2来年度の総括に向けて、現時点では、こうした異性にまたがる対人諸関係が発生する場が、中国の文学ではどのような性格を付与されてきたのか、その系譜について一定の見解をまとめ上げることを目指して研究を続行したい。その際、中国の文学では、今日の我々が思い浮かべる常識的家庭像と、何が重なり、何が食い違うのかに十分な配慮をして考察を加えなければならない。 3中国における家庭をめぐる文学表象の系譜の探求は、中国における文学的営為の主な担い手たる士大夫が思い描いた隠逸生活の様態と、密接な関連を有するように予想される。そうした観点から、本研究の総括は、以下のような8項目に沿って行う。(1)隠逸の志向に付随する世帯の発見。(2)妻の内助の重要性の強調。(3)家庭生活をとりまく自然環境の描写。(4)父が子どもたちへ送る言説の諸相。(5)追憶される家庭内同居者。(6)闘争の場としての家庭。(7)回帰する場としての家庭。(8)離脱すべき場としての家庭。 具体的には、李清照(1084-ca.1151)「金石録後序」と老舎の回想記録とを具体的対象テキストとして選び、上述の系譜仮説に沿って、叙述をまとめる作業を進めていく。
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