1 今年度は本研究の最終年度である。今年度の研究実施計画に定めておいた方針に従い、中国近世の散文作品と二十世紀中国の小説作品を対象としつつ、家庭と家庭内人間関係をめぐる文学表象上の特色に焦点を絞って考究を進めた。 2 近世の散文作品としては李清照「金石録後序」に着目し、その表現構成の分析を通して、中国近世の士大夫家庭における夫妻の知的生活とそこから生み出された葛藤の様相について詳しく検討を加え、従前とは異なった立場から当該作品に評価与えることができた。 3 中国二十世紀の小説作品としては、老舎が30年代に発表した短篇作品を検討分析の対象として選び、ヨーロッパの文化に触れてユーモア作家として文壇にデビューした小説家が、帰国後同時代中国の社会や家庭をテーマとして創作を進めるうちに、ユーモアの質的転換を経験することになった、という視点に立って分析を加え、新しい知見を得ることができた。 4 以上のように、古典文学の領域と現代小説の領域の双方において、家族や家族が生活を営む空間がともに文学創作の重要な源泉の一つであったことを改めて確認すると同時に、そこに現れた中国の文学の個別文化的特徴をとらえることができた。その結果として、本研究の当初からの目標であった、中国の文学における家族に関わる通時的な文学表象の様相の変遷を理解するための基盤を獲得することに成功した。 5 今年度、最終的な研究報告書を作成するに当たり、これまで共同研究で各自が取り組んできた対象が、中国の文学史、あるいは同時代の文学環境の中に占める位置をさらに明らかにすることを企て、その結果を報告書に盛り込むことにした。
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