研究課題/領域番号 |
12610465
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
刈間 文俊 東京大学, 大学院・総合文化研究科, 教授 (00161258)
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研究分担者 |
伊藤 徳也 東京大学, 大学院・総合文化研究科, 助教授 (10213068)
村田 雄二郎 東京大学, 大学院・総合文化研究科, 助教授 (70190923)
ラマール クリスディーン 東京大学, 大学院・総合文化研究科, 助教授 (30240394)
岩月 純一 東京大学, 大学院・総合文化研究科, 助手 (80313162)
瀬地山 角 東京大学, 大学院・総合文化研究科, 助教授 (80250398)
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キーワード | 国語 / 国民 / ナショナリズム / 方言 / 教育 |
研究概要 |
現代中国語形成史の具体的な解明がかなり進んだ。例えば、現代中国の共通語の中核となった北京語の語法と、ごく近辺の河北方言との間にも、可能補語の用法に違いが見られ、それが官話の歴史的形成過程を示唆する可能性がでてきた。清末以前は、官話を含め、かなり多様な方言が交錯する多元的言語状況にあったらしい。また、近代に入って、海外の概念を表す語彙が、宣教師や日本人によって創作された漢語となって、中国語の語彙体系の中に流れ込んできたので、中国語はさらに多元性をもった言語になったと、一応は言える。ただし、重要なのは、清末以降つまり20世紀以降、そうした、一見多元的なものを、単一の国家語として統率していこうとする強力な統率性、統御力が働いてきたらしいということである。 単一国家語の形成には、制度的には、新聞、雑誌といったジャーナリズムの発達、近代的教育制度の整備といったことが寄与していたと考えられるが、思想的には、白話運動とともに進展した新文学運動の中に存在した複雑な多元性を統率しようとする文体意識の成立や、中国文学史があまれたこと、中国語の文法書がまとめられたことなどによっても、支えられていたと見るべきであろう。 こうした国語の形成史を東アジアの漢字文化圏の中で比較してみると、共通性がやはり際立っている。しかし、主に、日本、朝鮮、ベトナムにおける具体例を検討してみると、多くの相違が浮かび上がってくるようである。そのうち、ひとつ興味深いポイントとして所謂「漢文」の位置付けがある。そもそも、近代以前において、各国の漢文つまり中国古典語の読み方は、中国のとは違った(日本の訓読は有名だが、朝鮮でも独自の読み方が存在した)のだが、近代的教育制度の中でも、漢文を国語力の従属的教養とする例(日本)と、漢文を特殊な漢字教育として国語とは分離させる例(ベトナム)とが存在している。
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