1949年の人民共和国建国以来、1988年の台湾全面自由化までの四〇年間、香港は台湾海峡を挟む中国・台湾の間にあって国家機構の過酷な統制を免れ得た「公共空間」であり、そこでは経済発展に伴い独自の文化が成熟した。80年代に至り中国返還が問題化するにともない、市民層は香港人アイデンティティの確立を強く求め、その際に大きな役割を演じたのが相互に密接な関係を有する文学と映画であった。本研究は香港アイデンティティの形成とこれに対して文学・映画が果たした作用を歴史的に解明し、「香港文学」という概念が登場してくる過程を明かにすることにある。戦後香港における文学映画を対象として、以下の点について調査・研究を行った。 (1)「南下文化人」文学の研究 葉霊鳳、劉以鬯ら大陸からやってきたエミダラント文学者をめぐり、文化関係および社会史関係の資料収集を行い、これを調査する。 (2)4月8日こ梁秉鈞・嶺南大学教授(詩人の也斯としても国際的に著名)、黄淑嫻博士(香港大学比較文学)、吉川雅之講師(東大)を東大文学部に招いて香港文化講演会を開催し、現代香港文学の歴史的展開を討議した。コメンテーターには野崎歓助教授(東大)、青木真紀子講師(一橋大学)に御願いした。 (3)10月11月に二か月間台湾に出張し、中央研究院・国家電影資料館などにおいて戦後の香港文化界と台湾文化界との交流の状況を調査研究する。作家としては戦後香港・台湾で圧倒的な影響力を保ってきた張愛玲、台湾出身で70年代末に香港に渡って活躍する施叔青、香港作家でありながら台湾で多くの作品を出版している西西、董啓章らを対象とし、映画では侯孝賢らを対象とした。 (4)以上の研究の成果を陳国球教授(香港科技大学)、梁秉鈞ら香港の研究者と協力して『文学香港与李碧華』という共著にまとめ、台北・麦田出版から刊行した。報告者は同書に論文4本(中国語、総計55頁)を寄稿した。
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