トルファン文書は歴史の資料として社会経済史の立場から利用されてきたが、中国語史の資料として用いられたことは殆どない。その最大の理由は、信頼しうるテキストがなかったためであるが、『吐魯番出土文書』(図文対照版)の出版により、その条件はクリアされた。本研究は写真と対比しながらトルファン文書の整理済の全点を、反復熟読することにより、資料中に含まれる口語的表現を抽出し、帰納し、『吐魯番出土文書口語語彙索引』を編成した。口語語彙索引は、トルファン文書中に用いられる口語表現が全部で何例あり、テキストのどこに現れるかを示しており、この文書の難読箇所の解明に極めて有用である。またこれら口語表現は、紀元前の文言(古代漢語)を主たる対象とする多くの辞典類に収載されず、従って語義が解明されていないものが少くない。この索引は中国語史の缺落を埋める意味をもつ。 敦煌文書については、唐詩に現れない多くの卑俗な表現・題材を持ち、多くの口語的表現を有する「王梵志誌」につき『王梵志誌口語語彙索引』を編成し、トルファン文書と敦煌文書の比較対象の方法通的見通しをつけた。『父-母』という基本語彙をトルファン文書は「阿公-阿孃」で、敦煌文書は「阿爺-阿孃」で表す例からは両者の基礎方言の比較研究ができる。中原の伝承文献34点についても口語語彙索引を編成、トルファン・敦煌・正倉院文書研究の土台ができ上がった。
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