本研究は、後期古英語説教散文のうち、特に二大作家の一人Wulfstanの特徴的な文体を模したと言われる無名の作者たち(所謂'Wulfstan imitators')による作品群のテキストと言語についての研究である。'Wulfstan imitators'なるものの存在については19世紀末以来賛否両論あり、今日でも依然として意見の一致をみるに至っていない。したがってWulfstanとその周辺の当該作品群についての徹底した比較研究がいま求められている。 この趣旨に添って、昨年度までに終了した二つの基礎作業(パラレル・テクストの作成と、原写本上の句読点などを再現した、より厳密なテクストの確定)をもとにして、今年度は'Wulfstan imitators'の言語(統語法と文体)についての研究を進めた。とくに散文体の系譜研究の観点から、当該作品が語順、並列・従属構造、定動詞・非定形動詞構造など統語法・文体の点でWulfstanの原文とどのように相違し、またその間にどのような散文体の変化が見られるかを考察した。その成果は、論文(1)'Aspects of "Wulfstan Imitators" in Late Old English Sermon Writing'と(2)「Napier XL Napier LVIII: 二つの'pseud-Wulfstan'homiliesとその古英語散文史における位置」として発表した。(1)ではまず総論として、当該の作品群全体に見られる特徴を概観し、それらがWulfstanの'imitation'というよりも'composite homilies'というこの時代特有のジャンルの一部として考察されるべきであることを明らかにした。そして(2)ではこのことを二つの説教散文について個別に具体的に論じ、統語的・文体的特徴から両者は散文発達史の上で対極的雄置を占めていることを論じた。さらにこれらの問題と関連して、その他のanonymous homiliesの語順に見られる文体的特徴を考察し、論文(3)「後期古英語散文における文頭の主語・動詞の倒置--古英語散文史の一断面」として発表した。
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