本年度この研究を開始し、現在、調査・検証作業の途中である。最終的結論には達していないが、現時点までに得られた知見と今後の展望の概要は以下の通りである。 マーロウは初期のシェイクスピアにさまざまな影響を与えた詩人・劇作家として知られる。とくにオウィディウスなど古典文学の受容面で及ぼした影響は大きい。問題は、マーロウの作品から明らかな影響を受けつつ新進劇作家として注目を浴び始めた1590年代のシェイクスピアの仕事を、マーロウ自身がどう評価していたかという点にある。本研究では目下、テクスト中に現れる、いくつかの古典文学・神話の書き換えの痕跡を手がかりに、両者を比較倹討する作業に取りかかっている。古典に対する断絶の自覚と大胆な流用(appropriation)が、ベケットなど、モダニズム以降の20世紀演劇の特徴的なところの一つであるが、シェイクスピアとマーロウのテクストを細かに読むと、両者間でそれと類似の問題が争われた形跡が見られる。歴史的背景・演劇情況を考慮する必要があり単純な比較はできないが、20世紀演劇におけるいくつかの実践が、方法面においてマーロウ/シェイクスピア研究に応用可能であろう。 現時点で考察の対象としている作品は、シェイクスピアの『タイタス・アンドロニカス』・『ヘンリー6世』、マーロウの『マルタ島のユダヤ人』・『エドワード2世』などであるが、併行してジョイス、ベケット、フランク・マクギネスなど20世紀の作家のテクスト分析も進めている。この作業を今後も継続する計画であるが、平成13年度中に成果の一部を学会等の場で発表したい。
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