本研究第4年度の研究実演の概要は以下の通りである。類推により応用した現代演劇の手法は、たとえばベケットの『勝負の終わり』冒頭に見られる受難のイメージおよび『しあわせな日々』における断片的な文学テキストの引用などにおいて、宗教性の欠落と過去との隔絶という二つの意識が、同時に、まさにその失われた宗教感覚と本来の詩的コンテクストへの強い渇望を表現しうる形になっている類のものである。本研究ではそれと類似の手法をルネサンス期の英国文学の中に探りつつ、古典受容--とくにその模倣・書き換えとアナクロニズム--の問題を考究した。今年度前半はキッドの『スペインの悲劇』、マーロウの『フォースタス博士』と『マルタ島のユダヤ人』、シェイクスピアの『タイタス・アンドロニカス』などをセネカ劇受容との関連で比較し、個人の意志と社会との関係の問題を各詩人がどのように処理したかを検証した。その成果の一部については、とくに模倣におけるアナクロニズムの意図的使用という観点から、シェイクスピア学会(平成15年10月、金沢大学)のセミナーにおいて口頭発表した。今年度後半は上述した上半期の成果全般を纏める作業を進める一方で、1590年代に流行したエピリオン(オウィディウス風の小叙事詩)の代表的存在である『ヒアロウとリアンダ』などを手掛かりに、マーロウらの古典受容の特徴、1580年代から1590年代にかけて英国の詩と演劇が迎えた新しい局面において異教主義が担った役割を検証する作業を進めた。後者の成果の一部は、部分的に秋の学会で発表する計画である。科学研究費補助金による本研究計画は本年度をもって終了するが、古典受容のアナクロニズムと宗教改革の関係ほか、本研究計画の遂行過程で新たに浮上してきた未解決な問題がまだ多く存在することも事実であり、平成16年以降も新しい研究プロジェクトの中に組み込み、発展的に継承・追求していく計画である。
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