今年度は二つの目的を掲げて研究に着手した。一つはイギリス中世・近代の劇場資料集に基づく具体的な作品の「紙上再演」であり、もう一つは戯曲作者と劇場の関係を探ることであった。結果的にはそのいずれも論文の形には結実せず、研究ノートという形で学内で口頭発表を二回行うにとどまった。いずれも論文の形に発展させて発表する予定であるが、以下に述べるような理由のため、現在のところそれを控えている状態である。 前者についての口頭発表では、具体的な一作品の初演日時、劇場名、主役級の役者の名前、演出者を調査し、その作品に対する当時の反応を踏まえて、どのような演出が行われたと考えられるかについて、作品内の台詞やト書きに則って再構成を試みた。この発表に対し、出席者からは「作品の選択が偏っており、当時の観客の反応を知るのに適切でない」「当該劇場の内部装置の形態、収容人数、料金まで調べるべきだ」というような指摘があり、それに対して十分な回答をできなかった。特に問題だったのは、劇場装置が実際どのように利用されたのかが図版だけでは十分理解できず、実物の複製を見ないと分からない点があったため、発表に含めなかったことである。これは本研究の表題にもなっているにもかかわらず、図版の限界を思い知ることとなった。 後者については、戯曲作者と劇場の関係について、彼のパトロンとしての一貴族を含めて考察しようとしたものの、結果的には作者の影響力のなさばかりが浮き彫りにされてしまい、目的を十分に果たせなかった。やはり、あくまでも作品と作者にこだわった上で劇場装置の発展と絡めるべきであった。 反省点の多い一年であったが、このような失敗を踏まえて、完成年度である来年の報告書作成に繋げたい。この他には、ヴィクトリア朝民衆文化に関する翻訳を一点刊行した。
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