平成12年度は近代のイギリスでカトリック教徒がいかに政治的、文化的マイノリティの地位におとしめられ、それが1829年のカトリック解放、そしてニューマンらのオックスフォード運動を契機に復活し、19世紀末から20世紀前半の時代には、資本主義と社会進化論的思考の波に洗われ、人間性が疎外されていく状況に警告を発する、エスタブリッシュメントの批判勢力になっていく過程を整理することが目的であった。 自国内のカトリック勢力をスペイン、そして後にはフランスと結びつけ、イングランドのナショナリズムを伸長させるための政治的攻撃対象として設定し、国家体制としてプロテスタンティズムを維持することを国策としてきたイングランドは、大英帝国の中核として植民地支配にもとづく資本主義体制で経済的「成功」をおさめたが、他方、その成功がかえってキリスト教者の反省を促した。それは必ずしもカトリック教徒に限られたものではなかったことはオックスフォード運動に参加したアングリカン、奴隷解放のために尽力したクエーカーの存在が示している。 資本主義のもとで労働者は奴隷化しているというのがカトリック者の見解であったが、その元凶を彼らは宗教改革に求めた。中世のキリスト教、すなわちカトリシズムは古代世界の奴隷を解放する原動力となっていたが、そのキリスト教信仰という「とてつもない道徳的実験」を挫折させてしまったのがイングランドの宗教改革という、個人のどん欲のなせる業であった。メリーな中世イングランドと暗黒の近代イングランドを分けるものは、ヘンリー8世による宗教改革であると彼らは考える。 ベロックをはじめとするカトリック知識人たちの社会問題に対する考え方に重大な影響を及ぼしたのは、ローマ教皇レオ13世が1891年に出した回勅『レールム・ノヴァールム』である。資本主義の発展過程でキリスト教社会が破壊されていく事態に警告を発するこの教会の社会教説は、エリック・ギルら、工芸家の共同体形成にも深い影響を与えたものであり、次年度以降、ギルの思想とともに、その意義を考察する必要がある。
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