本研究は、これまで古典共和主義の文脈のなかで理解されてきたジョン・ミルトンの共和主義思想を、さらに幅広い17世紀の思想情況のなかに置いてその特徴を特定するとともに、それがイングランドの帝国主義的発展に果たした役割を明らかにすることを目的として行われた。 一方で、17世紀の共和主義思想の全体像をとらえるために、プロテスタント国家としての国家意識の発展とハーバーマス流の「公共圏」の誕生との関連に注目した。宗教改革を長期的過程と見る視点から、17世紀初頭の印刷文化に土俗的、カトリック的なるものの残滓を確認しつつも、安価な印刷物のなかにプロテスタント国家の確立と対外的発展へと向かう意識が反映されていることを一次資料によって検証した。そのことによって、17世紀末に誕生したとされる「公共圏」は、かならずしも理性的な討論の空間とはいえないことが明らかにされたが、同時にミルトンが生きた時代にある種の「公共圏」の萌芽が認められることも確認した。 他方では、『自由共和国樹立の要諦』に代表されるミルトンの後期散文に表れた共和主義思想を当時の時代背景のなかで考察して、ミルトンの共和主義思想に土地取得を正当化する論理が組み込まれていることを指摘した。その論理は、プロテスタント宗教改革以来イングランドの国家意識によって形成されてきたものであると同時に、王政復古後の帝国主義的発展を下支えすることになるものでもあった。さらに、王政復古後に共和主義表象が政争の具としてさまざまな陣営から利用されていたその様態についても考察した。
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