前年度に引き続いて、初期英国演劇関係資料および研究書を収集し、劇団巡業史、パトロネジ、演劇統制関係の調査を行った。本年度は、"Elizabethan Players and the Vagabond Acts"と「英国歴史劇はスチュアート朝において衰退したか」を刊行した。 "Elizabethan Players and the Vagabond Acts"では、エリザベス朝に施行された複数の「浮浪者取締法」と旅役者との関係について論じた。通説によれば、「浮浪者取締法」は、旅役者の巡業活動を制限する法律であった。本稿はこの説に異議を申し立て、「浮浪者取締法」は旅役者保護の側面を持っていたと主張する。というのも、「浮浪者取締法」は、その条文によって、貴族お抱えの俳優の旅行権を明快に保証しているからである。「取締法」は、処罰対象となる役者や芸人や商人を明示することによって実は、諸国を旅することを許される「合法的な」旅役者、旅芸人、旅商人その他を保護したのである。「浮浪者」の詳細な定義が条文に組込まれたのは、「取締法」の施行によって既得権を侵されてはならない人々が多く存在したことの裏返しであった。 「英国歴史劇はスチュアート朝において衰退したか」では、ロンドンの上演史について、特に歴史劇上演を中心に考察した。通説によれば、英国歴史劇はジェイムズ朝に入ると、あるいは1610年頃から衰退したという。筆者はこの通説を再検討し、加えて、創作・初演情報に過度に依存した演劇史の問題点を指摘し、演劇史記述に旧作品の再上演情報を組み込むことの重要性を提唱した。本論考の特徴は、ロンドン演劇市場中心型の劇団の上演形態を、ヘンズロウの「日記」や刊本の版数調査等を通じて明らかにしている点にある。 現在、ロンドン演劇市場中心型の劇団と地方巡業型劇団とを比較検討しながら、後者の巡業形態を系統的に記述する作業を行っている。この作業と平行して、イングランド各地を訪れた劇団に対する、自治体の上演料支払い記録、公演許可あるいは禁止記録の整理をしている。ノリッジ、ブリストル、コヴェントリー、ヨークなどについては調査をほぼ終えている。
|