研究概要 |
本研究は,生成文法で仮定されている統語と意味の区別,局所領域と広域領域,文の階層構造,転位現象など言語学の基本概念の神経心理学的妥当性を,失語症や脳磁図を用いた心理生理学的脳科学実験により検証し,統語計算処理の脳内アルゴリズムのモデルを構築しようとするものである.本年度は脳磁界計測を新たに行い,転位現象の事例として日本語のかき混ぜ文を取り上げた(北海道大学電子科学研究所栗城慎也教授との共同研究).53名の被験者を対象に心理実験を行い,正答率95%以上の被験者10名を脳磁界計測にかけた.その結果次の3点が明らかになった.標準語順文(弁護士は社長が秘書を捜していると言った)に比して長距離かき混ぜ文(秘書を弁護士は社長が捜していると言った)では,第二第三名詞にて処理の記憶負荷を反映する脳活動の高まりを認めた.(ii)この活動の脳部位は前頭部から側頭〜頭頂部にかけて個人差が認められた.(iii)構文の種類に関係なく,300ミリ秒前の早い潜時帯で,左側頭葉前部(含む側頭極)にて活動を認めた.これは格助詞に反映される文法関係がこの部位で処理されていることを示唆する(国際生体磁気学会BI0MAG2002,8月9日-5日於ドイツ,イエナ,ライプチイッヒにて発表).失語症患者への実験では,使役構文とかき混ぜ文について,前年度の結果に再現性を高めるために,新たな被験者を対象に継続して実験を行った.かき混ぜ文については,EURESCO国際会議Theoretical and Experimental Linguistics(6月1日〜6日於ギリシャ,コリントス)で成果を発表した.これら一連の実験による成果を含め,日本の言語の脳科学の現状と展望について,日本英語学会第20回大会記念大会にて特別シンポジウムを開催し,司会,発表を行った(2002年11月16日,於青山学院大学).これらの実験結果およびその知見を統合して,統語計算の脳内アルゴリズム理論の本格的な検討を行い,モデルとして発表するための準備をしている.
|