「アメリカ文化史における女性の政治的イメージの変遷」の研究の最終年である今年度は、18世紀末アメリカ建国期の小説、雑誌に繰り返し描かれた「コケット」「誘惑者」「伊達男」など紋切り型の人物の表象が同時代の感受性の文化の中でどのように構築されたか、また小説や雑誌が共和制のイデオロギーをアメリカ市民に訓育する教育装置であったことを考察した。 建国期に書かれた『共感の力』や『コケット』といったアメリカ小説は、旧宗主国イギリスで18世紀半ばに成立した誘惑小説の形式と主題を受け継いでいる。誘惑小説のアメリカへの流入はイギリス伝来の感受性文化をもアメリカに持ち込むこととなったが、上記の二小説には感受性の概念そのものがアメリカの文脈において変容され練り直されていく過程が刻印されている。イギリスでは主として中産階級の男性の道徳的優位性を示すものであった感受性は、アメリカにおいては階級やジェンダー、さらにはアメリカの社会事情を反映して人種にも関わらない普遍的な感覚として小説では描かれ、特に他者の苦境に対する共感、すなわち共和制国家の建設の基礎となる道徳心として描かれる。「コケット」や「誘惑者」などの登場人物は、読者に一定の反応を喚起させるべく造型されており、小説や雑誌などの活字媒体は定式化された共和制アメリカの感受性の文化へと読者の参入を促す教育装置であったといえる。こうした共和制のイデオロギーと感受性文化の関わりを当時の雑誌『マサチューセッツ・マガジン』、『ボストン・ウィークリー・マガジン』の中にも跡づけた。この考察の成果を論文に纏めた(論文は来年度出版予定の本に掲載される)。
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