本研究の対象は、精神病および精神障害をめぐる英国ルネサンス社会の実態とエリザベス朝演劇におけるその表象との関係である。 本年度は主にポゼッション・タイプ、すなわち悪魔に取りつかれて精神錯乱を起こしたと見なされていた症例、およびその症状の演劇における描写を分析した。具体的な分析対象はサミュエル・ハースネットらによる英国同故会の反エキソジウム・パンフレット群、ブライドウェル矯正院およびベツレヘム慈善院関係の資料、さらには当事"ablaham man"として知られていた知的障害を装う物乞いである。分析の結果判明したのは、当時精神異常と判断された患者の大部分が社会的弱者のカテゴリーに属するものたちであったことである。また、多くの例で精神異常が見世物的な演技であることも判明した。 反エキソシズム・パンフレットにはエキソシズムの摸様を詳細に紹介しており、その種々の要素が演劇にきわめて似ていることも分析できた。その特徴はエキソジズム統括者の解説によるきわめて巧妙なマインド・コントロールである。本年度に最大収穫は、シェイクスピア悲劇において、このエキソシズムの手法が応用されている可能性が見えてきたことである。来年度はこの課題に取り組む。
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