本研究の対象は精神病及び精神障害をめぐる英国ルネサンス社会の実態とエリザベス朝演劇におけるその表像との関係である。 当年度は研究目的の第3段階をおこなった。対象は主にシェイクスピア悲劇における精神病の表像であり、とくに4大悲劇を分析した。4大悲劇では『ハムレット』において主人公ハムレットの狂気の演技、さうにはオフィーリアの発狂および自殺という興味深い例が見られる。『リア王』では高齢者に対する社会的抑圧の結果リアが精神病に陥り、かつエドガーが当時で言う「アブラハム・マン」、すなわち精神障害をわずらう乞食になりすます。また『マクベス』ではマクベス夫人が夢遊病にかかり自殺へと突き進む。『オセロ』でも主人公オセロが当時用語によるとメランコリー、すなわち精神的不安定の一形態とされる嫉妬にかかり、妻の殺害へと走る。ただし、上記の狂気的な表象はいくつかの点で実際の精神病関係の症状とはかなり異なっている。 当年度に得られた成果は、舞台上における精神病の表象は文字どおり演劇的に成型されたものであることである。1590年代におこなわれたエクソシズムの儀式はかなり様式化された演劇的フィクションであることが知られているが、同様なことはシェイクスピアの4大悲劇にもあてはまる。すなわちリアやマクベス夫人、オフィーリア、ハムレット、オセロなどの狂気は現実のそれではなく、観客を不安に陥れるように成型された誇張的なフィクションである。上記の成果は来年度段階的に発表する予定である。
|