研究概要 |
本研究の目的はイギリス文学において人間精神の活動がいかに表象されてきたかをいくつかのケーススタディを通して明らかにすることであった。各研究分担者の専門によって,ケーススタディは18世紀文学と20世紀文学の二つの時代に集中した。真野はサミュエル・ジョンソンのエッセイにおける医学用語の用法を分析した。中村は当時の倫理思想の中心概念である「共感」の用法を,18世紀初のトムソンからの19世紀初のワーズワスとキーツへと辿った。海老根はジェーン・オースティンの小説における「名詞化」表現の機能を考察した。この三人はともに,18世紀には精神はさまざまな機能を集合として表象され,その理解にはキーワード分析が有効であるとの結論を得た。一方,大久保はイエイツの自伝的な詩における芸術家像(=自己像)の形成を精査し,石和田はE.M.フォースターの小説において,言語に人前の「混沌」がいかに隠蔽されているかを分析した。この両名は20世紀文学が表象する精神のモデルは絶えず流動する印象の束であり,そこでは伏せられた言及や象徴などの暗示的表現形式が用いられていることを明らかにした。本研究では19世紀文学における「心理描写」の実態に触れられなかった。その解明は将来の課題である。
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