本年度は、『フィネガンズ・ウェイク』の第二巻第二章から第三巻第一章までを範囲とし、現行のテクストに到る創作過程を比較・検討しながら、そこに埋め込まれている知の方位を析出した。具体的な作業としては、第一草稿から最終の校正刷りに到る十段階をパラグラフごとに比較・検討し、その主要な意味の束を確定し、章ごとの仕組みを探ることにした。テクストが織りなす言語上の実験が基本的な意味の束を拠り所としていることはこれまでに確認済みであるし、表層の意味の氾濫を楽しむためにも、基本的な束を確認することの必要性も再認識した。そこで重要となるのがテクストを支えるいわゆる知の方位であった。本年度は学芸、主要な逸話、ママルージョ、十字架への道行きの14留といった方面からその問題に取り組み、芸術創造が原初的なテーマと密接に関連していることを明らかにした。だが同時に、1933年以降、イギリスで展開された確執、すなわち言語革命と「偉大な伝統」の問題をめぐり、読者の識見の相違を再検討することの必要性を痛感することになった。言語革命とは何か?それは英語帝国主義への反発なのか、それとも狸褻にからむ逃避手段なのか、これから念頭に入れるべき事項となった。この問題はとりあえずは本年度5月開催の日本英文学会で検討し、テクスト全体も意味づけとして論じことにしたい。
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