本年度は主として、パソコン、スキャナ、デジタル・カメラ等の電子機器を利用して、ベケットの映像作品群に表れた錬金術的イメージと文献資料に収録された錬金術やカバラ的図像のデータベース化等の基礎的な作業を行ない、ベケット作品の図像学的分析を行なった。 また、ベケットの錬金術的思想のルーツを探るため、アイルランドのユニヴァーシティ・カレッジ・ダブリンおよびトリニティ・カレッジ、ドイツのフンボルト大学で古書を中心に文献資料の閲覧・収集・分析を行ない、アイルランドの中世装飾写本『ケルズの書』やジェイムズ・ジョイス、W・B・イェイツといった作家たち、またゲーテやノヴァーリスの作品に見られるドイツ神秘主義からの影響について考察した。これらについては一応の成果が得られた。とりわけイェイツの『ヴィジョン』初版に見られるものの後の版からは削除された散文「四人の王族の舞踏」とベケット作品との図像的類似性の発見は、最大の成果であったと言えよう。イェイツがベケットに与えた影響については既に様々な研究がなされてきたが錬金術という視点からの先行研究はほとんどなかった点、またイェイツ研究においてもいまだ謎の多い『ヴィジョン』初版における錬金術的性質の一端を解明したという点で、本研究は独創性が高いと言える。これについては日本イェイツ協会の2000年度秋季大会で発表することができた。また、ジョイスの作品、特に『フィネガンズ・ウェイク』が言語の解体といった従来言われてきた側面のみならず錬金術の思想という点でベケット作品に多大な影響を与えていることについても、アイルランドで入手した文献資料の分析を通じて実証的に明かにすることができた。これらの研究成果については次年度中に論文として発表する予定である。
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