本研究の目的は、16・17世紀の英国演劇に書き込まれた地中海、および地中海諸国に関連するトピックを比較検討する事により、当代の詩的想像力と地中海世界との交渉の中に形成された初期近代英国演劇の特性を、社会文化史的側面から捉え直すことにあった。この研究では、ムーア人やユダヤ人の表象を中心に、北アフリカやイベリア半島のスペインをも視野に入れつつ、新世界へと拡張する西洋が、旧世界の演劇的想像力の中に創造した文化史の解明を試みた。バレンシアで開かれた第7回シェイクスピア学会世界大会においては、こうした視点から「スペインと初期近代劇と題するセミナーのリーダーを務めた。また、『シェイクスピアを学ぶ人のために』に所収の論文「異人を印す-シャイロック考-」では、地中海貿易の要衝ヴェニスとロンドンとユダヤ人を中心とする異人の問題を取り上げ、キリスト教対異教文化の対立について論じつつ、そこに内在する問題が、広くムーア人を含む異人種・異教徒の問題に発展する可能性を指摘した。『シェイクスピアを読み直す』に所収の論文「モンストラスな、余りにモンストラスな-『オセロー』と隠蔽-」は上記論文の延長上に位置し、地中海の要衝ヴェニスの白人キリスト教文化とムーア人の関係を検証し、劇中に隠蔽された異文化排除の実相を読み解いたものである。以上のような研究から、イスラム・ムーア人・ユダヤ人・イタリア諸都市(ヴェニスやヴェローナなど)等々の表象と演劇的意味を検証することで、地中海的視座から見た今ひとつの英国ルネサンス演劇文化論を提示することができた。
|