プルーストの小説『失われた時を求めて』に現れた作中画家エルスチールの架空画面について、その成立過程を実証的かつ総合的に明らかにするのが本研究の目的である。実施計画にもとづき本年度は、『失われた時を求めて』と『プルースト書簡集』に現れたエルスチールと絵画に関する情報をできるかぎり網羅的に収集し、そのかたわら同時代の展覧会カタログなどの補助資料も調査・研究した。コンピューターを用いた絵画作品のデータベース化も試みた。さらに、それらの情報を総合することにより、作家がいつ、いかなる機会に、どのようにエルスチール作品のモデルとなる画家の画と出会ったかを特定する作業も進めた。その結果、ひとつの架空画面をつくりあげるのに、画家が複数の異なる実在の画をモンタージュしている実態が明らかになった。たとえばゲルマント公爵が所蔵するエルスチールの画についてはマネの『アスパラガスの束』やルノワールの『舟遊びをする人たちの昼食』が、「ミス・サクリパン」の肖像については、ヴァン・ザンのような歌手の写真をはじめ、ルノワールやマネやホイッスラーの画などが総合的に組み合わされている。プルーストは自由奔放な想像力にまかせて書くタイプの作家ではなく、綿密な資料調査にもとづいて小説を構成したのである。そのようにして定着した架空画面が小説のなかで果たしている役割についても、仮説作業として分析した。これらの作業はまだ準備段階にとどまっているが、調査結果の一部は「研究発表」の項に記したように公表することができた。
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