プルーストの小説『失われた時を求めて』に現れた作中画家エルスチールの架空画面について、その成立過程を実証的かつ総合的に明らかにするのが本研究の目的であった。平成13年度は、前年度にひきつづき、プルーストの作品と書簡に現れたエルスチールと絵画に関する情報をできるかぎり網羅的に蒐集し、そのかたらわ同時代の関連資料も調査・研究した。また実施計画にもとづき、パリの国立図書館などにおいて作家の未発表草稿をふくむ調査を継続し、小説のなかにエルスチールの架空画面が定着した経緯を明らかにするよう努めた。その結果、「ミス・サクリパン」のような肖像画の場合でも、「カルクチュイ港」のような海の風景画の場合でも、作家はひとつの架空画面をつくりあげるのに、複数の異なる実在画面をモンタージュしていること、その画面もオリジナルの画だけでなく、参照した著作や画集に収録されている図版に依拠している実態が明らかになった。作家のこのような資料調査にもとづく創作手法については、研究発表の項に記した論文や、フランスでのプルースト・シンポジウムなどでの講演として発表した。 海の風景画については、ターナーに関する調査が完了したのをはじめ、マネやホイッスラーなど、論文にまとめるに至らなかった画家についても調査はかなり進展した。ただし架空画面を描写するプルーストの文体については、比喩の生成について問題の端緒を明らかにしたにとどまり、総合的な考察をまとめることはできなかった。今後の課題としたい。
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